10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

2023-10-01から1ヶ月間の記事一覧

90- 幼馴染がいないという孤独

これは転勤族の子どもなら、この感情を感じたことのある人は多いのではなかろうか。 私の場合、中学校入学を機に学校を変わっている。 中学入学というと、通常であれば、中学校に入学して新しい友だちができる。もしその新しい友だちとうまくいかなくても、…

89- 地元

ずっと同じ場所から出たことのない人とは付き合わなかった。地元最高みたいな話は苦手だ。 井の中の蛙だと。もっと世界は広いのに。いろんな価値観があって、いろんな生き方があって、おもしろい人がたくさんいて。外に出ないなんてもったいない。 ちがうん…

88- 人の温度を感じることがなくなる

幼稚園や小学校からの友だちは、心理的にもだけど物理的にも距離感が近い。おんぶしたり、もみくちゃになったり、乗っかったり、こちょこちょしたり。大人になってからの友人は、カフェでお茶したり、映画を一緒に観に行ったり、ウィンドウショッピングした…

87- 虚構

今の私は、虚構で塗り固められていてる。中はぐらぐら。なぜかって、みんなが経験しているはずの、土台がないもの。 大学の友人と話していて、中学・高校の部活の話になることがある。文化祭のクラスの出し物の楽しい思い出話になることがある。そのたび、息…

86- 透明なバリア

それでも、透明な何かにバリアされ、できないのだ。本心の私でいるということが。昔はできていたはずなのに。もう、もとの生まれた時のようにはなれないのか。透明なバリアを人に作ってしまうことを、申し訳なく思う。どれだけ仲良くなっても、どこかで何か…

85- いつでも気を遣ってるよね?

大学で友人に言われた一言だった。 週に3回くらいは晩ごはんをともにしたり、お互いの家で飲んだりする友人で、大学の友人の中では、いや、このような人生を送ってきた私にとって、小学校を卒業以来出会った人の中では、深い付き合いの人だった。 その日も家…

84- 大学生になっても

大学に入学して。13歳の子どもの時から、温かい地元ではなく大人の社会で生きてきた私にとって、自然な自分でいることはとても難しかった。どんなに仲良くなっても、どんなに相手がこちらに寄ってきてくれても、それでも、感じるままの自分を曝け出すことが…

83- 大好きな春だった

それまで、春がいちばん好きな季節だった。暖かくなって、新しい出会いにわくわくして。クラス替えのあと、短縮授業で家に帰ったら、お母さんがおいしいごはんを作って待っていてくれて。 だけど、あの日以来、トラウマの季節になった。 まったく知らない世…

82- さみしいという感情を失う

誰かを傷つけるくらいなら、一人で生きていくほうが楽。誰かから傷つけられるくらいなら、一人で生きていくほうが楽。 行ってみたかったごはん屋さんに行くのも、映画を観るのも、ウィンドウショッピングするのも、見たかった景色を見るのも、一人でやればい…

81- 泡のように

誰も悲しませることなく、ふわっと消えてしまえたらと思う。 いまこの瞬間、その場から消えてしまいたいと思う。 ふっ て、 泡のように、水蒸気のように。 だれにも迷惑をかけずに、いまこの場から消えられたら。 みんなの記憶の中から、私に関する記憶だけ…

80- あれからの習慣

いつからだろう…来るはずのないメールを待つようになった。 別に誰かを想定しているわけではない。特定の誰も想像していない。 小学校の時の友人からメールが届くとでも思っているのか、まさかそんな。誰も私のメールアドレスなんて知らないから、そんなはず…

79- 愛せない

もう、誰も。愛せない。小学生の時のように、心の底から友人と思えるあの感覚が感じられることは、この先、永遠にないのだろう。じゃれあって、もみくちゃになって、そんな距離で相手の温度を感じて、そんな感覚が得られることは、もう永遠にない。

78- 悪夢にうなされて

母が自殺した。ベランダから飛び降りた。 私は愕然としていた。もう、戻らない。その温もりは。 目が覚めて、私はがたがたと震えていた。唇は真っ青だった。怖い。怖い。怖い。 夢じゃなくなる日が来たらどうしよう。日に日におちていく母を目の前に、夢の光…

77- ストレスで音に過敏

夜、世界は寝静まった頃、どこからか響く音やフローリングが軋むような些細な音に、ハッと起き上がる。玄関の鍵が閉まっているのを確認した。部屋のドアが開かないように手で押さえながら、床に這いつくばってドアの下の隙間から覗いて誰もいないことを確認…

76- 日に日に荒れてゆく母

母は、ため息をつくことが多くなった。子どもの前では気丈に笑顔で振る舞ってくれていたけど、マンションだから。フロア地続きのマンションだから。部屋や廊下に音が反響して、聞こえてしまう。 そして、母はこっそり、たばこを吸うようになった。父が仕事に…

75- ついに表情を失う

高校生の時だった。突然、顔の筋肉が固まるようになった。全部粘土で固められてしまったような、そんな感覚だった。だから笑おうとしたら、頬の筋肉がピキピキとなり、痙攣しているような感覚を覚えた。自然に笑うことができなくなった。 笑っていないことが…

74- ついに言葉を失う

高校に入ってからも、罪悪感にさいなまれる日々。自分なんていなくなったらいい。自分が憎い。自分を殺したい。 声をかけてきてくれる人がいる。こんなのと仲良くしない方がいい。申し訳ない。声をかけてもらうのが。仲良くしてもらうなんて罪悪感だ。私とい…

73- 頼むから、私から逃げて

自分が言ったことで、傷つく人がいるのなら。私は何も言わなくていい。もう、いい。 家族に対する罪悪感に苛まれる日々。自分を殺したいと思った。心の底から。憎しみ以外の何の感情も湧かない。自分なんていなくなったらいい。自分が憎い。自分を殺したい。…

72- 自分を殺したい

大切なものを奪った自分を、この手で。 一度口に出した言葉は、もう消せない。壊したものは、もう戻せない。もう取り返しがつかないところまできてしまっていた。もう時間は、永遠に戻らない、一生。 最悪でした最低でした。自分を殺したかった。自分が、自…

71- もう帰れない

小学校の同級生が、時々会おうよと声をかけてくれた。でも、もう帰れないんだ。私は。 何も言わずに出てきてしまったことの申し訳なさと後悔と、さみしさと悲しさのショックで、会いたくないし帰りたくない。全部、あの時のことは楽しかった時のことはすべて…

70- 誰かと一緒に

私は小学生の頃、さみしい思いをしたことがない。ずっと誰かと一緒だった。 運動会のお弁当も、夏休みのキャンプも、修学旅行で家族が迎えに来る時も、友だち家族と一緒だった。ずっと誰かと一緒だった。どこに行っても、何をしてても。誰かがいた。 そんな…

69- 声を失う

中学3年生の時に、私はとうとう声を失った。半年間、学校では一言も声を出さなかった。 私の通っていた中学校では、クラス替えが、前年度クラスの仲良しグループを2つに分ける、という方法が取られていた。例えば、前の学年のクラスの仲良しグループが4人い…

68- 世界でたった一人

今この瞬間、この世界に、自分は一人なんだ。

67- 大好きなみんなといたかった

ただそれだけだった。 ほんとは、本当は、みんなに言えなかっただけなんだ。連絡を取りたくなかったんじゃない。引っ越すことを知られたくなかったんじゃない。みんながどうでもよかったんじゃない。みんなが、みんなのことが、大好きだったんだ。 だから、…

66- 年賀状

年賀状の季節が辛い。 毎年、小学校の同級生たちに年賀状を書くように親から言われるけれど、悩んで悩んで、徐々に書けなくなっていった。 だって、年賀状が届くたび、みんなと離れてからの時間の経過が感じられる。お互いに、共有しない時間が増えて、どん…

65- この環境で生き残っていくために

誰も知らない環境で、ある程度関係性ができている中に新しく入って生き抜いていくためには、瞬時にその場の人間関係の力バランスを見極める。そして自分がどういうポジションで、どういうキャラで、どう振る舞うべきなのかを判断する。その人が求めているも…

64- 心を無にして

帰りたい。学校に行きたくない。 言えなくなった。これ以上、悲しませられない。 学校、楽しいと思わないと。全部、全部、自分の心にうそをついて、必死に生きた。 私は感情を失った。楽しいとはどういう感覚か、本能的にわからなくなった。楽しいと思わなき…

63- 誕生日

その日は、私の誕生日だった。母がピザを取ってくれ、ピザを食べた。昔、家族に誕生日を祝ってもらっていた温かい思い出が思い起こされて、心がキリキリと痛む。ピザは私の喉を通らない。 誕生日も、クリスマスも、お正月も、全部ぜんぶ、昔の温かい記憶を思…

62- 孤独の深淵

クラスは誰を信じていいのかわからない。部活は記憶がじゃまをして涙が出てくる。家はこれ以上帰りたいつらいと言ったらまた家族を傷つけてしまう。習い事は引っ越しをきっかけに全部やめてしまった。 幼稚園や小学校からの友だちたちはもうこの世界にはいな…

61- 転勤族の中でも

1,2年単位で転勤している人は、その環境がたとえ合わなくったって、期限がある。 でも私の場合、永遠にそこからは出られない感覚が、より事態を重くさせたのだ。馴染めないと、もうあとがない。どこにも行けない。その恐怖が。