10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

83- 大好きな春だった



それまで、春がいちばん好きな季節だった。
暖かくなって、新しい出会いにわくわくして。
クラス替えのあと、短縮授業で家に帰ったら、お母さんがおいしいごはんを作って待っていてくれて。


だけど、
あの日以来、トラウマの季節になった。

まったく知らない世界にただ一人、ポツンと入れられる恐怖感。
そこで何があろうとも、脱出できない。そこで生きていくしかない。

暖かくなって、新緑が芽吹いて、花が咲いて、陽射しを浴びて、
春の匂いがすると胸騒ぎがするようになった。