10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

中学生

71- もう帰れない

小学校の同級生が、時々会おうよと声をかけてくれた。でも、もう帰れないんだ。私は。 何も言わずに出てきてしまったことの申し訳なさと後悔と、さみしさと悲しさのショックで、会いたくないし帰りたくない。全部、あの時のことは楽しかった時のことはすべて…

70- 誰かと一緒に

私は小学生の頃、さみしい思いをしたことがない。ずっと誰かと一緒だった。 運動会のお弁当も、夏休みのキャンプも、修学旅行で家族が迎えに来る時も、友だち家族と一緒だった。ずっと誰かと一緒だった。どこに行っても、何をしてても。誰かがいた。 そんな…

69- 声を失う

中学3年生の時に、私はとうとう声を失った。半年間、学校では一言も声を出さなかった。 私の通っていた中学校では、クラス替えが、前年度クラスの仲良しグループを2つに分ける、という方法が取られていた。例えば、前の学年のクラスの仲良しグループが4人い…

68- 世界でたった一人

今この瞬間、この世界に、自分は一人なんだ。

67- 大好きなみんなといたかった

ただそれだけだった。 ほんとは、本当は、みんなに言えなかっただけなんだ。連絡を取りたくなかったんじゃない。引っ越すことを知られたくなかったんじゃない。みんながどうでもよかったんじゃない。みんなが、みんなのことが、大好きだったんだ。 だから、…

66- 年賀状

年賀状の季節が辛い。 毎年、小学校の同級生たちに年賀状を書くように親から言われるけれど、悩んで悩んで、徐々に書けなくなっていった。 だって、年賀状が届くたび、みんなと離れてからの時間の経過が感じられる。お互いに、共有しない時間が増えて、どん…

65- この環境で生き残っていくために

誰も知らない環境で、ある程度関係性ができている中に新しく入って生き抜いていくためには、瞬時にその場の人間関係の力バランスを見極める。そして自分がどういうポジションで、どういうキャラで、どう振る舞うべきなのかを判断する。その人が求めているも…

64- 心を無にして

帰りたい。学校に行きたくない。 言えなくなった。これ以上、悲しませられない。 学校、楽しいと思わないと。全部、全部、自分の心にうそをついて、必死に生きた。 私は感情を失った。楽しいとはどういう感覚か、本能的にわからなくなった。楽しいと思わなき…

63- 誕生日

その日は、私の誕生日だった。母がピザを取ってくれ、ピザを食べた。昔、家族に誕生日を祝ってもらっていた温かい思い出が思い起こされて、心がキリキリと痛む。ピザは私の喉を通らない。 誕生日も、クリスマスも、お正月も、全部ぜんぶ、昔の温かい記憶を思…

62- 孤独の深淵

クラスは誰を信じていいのかわからない。部活は記憶がじゃまをして涙が出てくる。家はこれ以上帰りたいつらいと言ったらまた家族を傷つけてしまう。習い事は引っ越しをきっかけに全部やめてしまった。 幼稚園や小学校からの友だちたちはもうこの世界にはいな…

61- 転勤族の中でも

1,2年単位で転勤している人は、その環境がたとえ合わなくったって、期限がある。 でも私の場合、永遠にそこからは出られない感覚が、より事態を重くさせたのだ。馴染めないと、もうあとがない。どこにも行けない。その恐怖が。

60- 生き地獄

学校にいる間の、時間が長くて長くて、1週間を乗り越えるだけでも一苦労で、ずっとカレンダーを見ていた。時間割を見ていた。時計を見ていた。1秒が、とてつもなく長く感じる。 年間カレンダーを毎日確認した。あと1ヶ月で、一学期の半分が終わる。半分まで…

59- 大切なものを奪ったものは

自分だった。 自分で壊したんだ。

58- 夜が明けて

それからの数年間は、罪悪感との戦い。 一夜明けて。次の日。心ここにあらずの本当の意味を知る。初めての感覚だった。学校の先生には、授業聞けと怒られた。その授業で先生に注意された1コマ以外は、全くその日周辺の記憶がない。きれいにすっぽりない。ど…

57- ごめんなさい

ごめんなさい私が悪かったですすべて私が悪かったですみんなのこと、何も考えずに自分が帰りたいからって思う気持ちそのまま言って帰りたい帰りたいってごめんなさいごめんなさいもう言いませんもう帰りたいって絶対に言いませんごめんなさいごめんなさい人…

56- 心臓が止まった日

父の誕生日のお祝いをしたその日だった。みんなご飯が済み、両親は晩酌でもしていたのだろうか?思い出せない。この日のことは、断片的にしか思い出せない。 私も…母も…父も……みんな…泣いていた…… 夢のマイホーム購入…新しい家に来てからずっと情緒が安定し…

55- 父と母の関係が悪化

私が新しい学校に馴染めないことをきっかけに、日に日に父と母の関係が悪化していった。 とはいえ、子どもの前では絶対に出さなかった。普通通りだった。子どもが寝てから。話し合いがなされるのは。それでも、勘の鋭い子どもだった。学校のストレスで感覚が…

54- 母の心の防衛

死んだように学校で息をして、やっと一日が終わって家に帰れば、口から出る言葉は「帰りたい」だった。毎日帰りたいという娘を目の前に、母は日に日にまいっていった。やっぱり、この子を転校させない方が良かったんじゃないか。あのままいさせてあげた方が…

53- 孤独の最果て

クラスも、部活も、このコミュニティーも、あのコミュニティーも、全部全部ダメだった。ここまで人と合わないものなのか?私が変になってしまったの? ここまで波長の合う人がいないなんて、もうこの先、一人も私と合う人はいないのだろうか? 小学校の時、…

52- 中2の社会の理不尽

先生はクラスの気の強い子たちの肩を持って、弱い子たちは容赦なく怒る。保身に走る。自分のミスを、子どもたちがさも悪いかのように怒って。 生徒の個人情報が載っている書類を、教卓の上に置き忘れていたのはあなただ。 それを見つけ、何の書類だろうと覗…

51- 野に咲く花のように

中学2年生になった。相変わらず、裏切りあいの世界で。この街は、みんなこんな感じなのか?明日は我が身。同じグループの子たちと一緒にいても楽しいと感じることはないけど、自分が生きていくためには、付き合い続けるしかない。居心地は良くない。だけど、…

50- 悲しむ母を見ていられない

学校から帰ると毎日「帰りたい」と言った。私の口から出る言葉はすべて「帰りたい」だった。 そんな子どもの様子を見て、母が日に日にいくのをまいっていくのを感じた。かんの良い子どもだったので、母が陰で泣いていたのも知っていた。日に日に弱っていく母…

49- 転校先で生きていくには


本当に、本当に一人なのだ。だから、今いるクラス、部活、今目の前にあるコミュニティーで、 たとえ自分の心が死んでも表面は上手くやっているように見せるしかないのだ。 そうしないと、ダメな烙印を押されて、人脈が広がっていかない。 だって、本当は属す…

48- 元いた世界からの音信

親づたいに、友だちづたいに、元いた街の友人たちから手紙が届いたり、行くはずだった中学校のクラス分けの表示で、私の名前を探してくれたりした子たちの話が耳に入る。 何も言わずに出ていってしまうなんて、私は、なんてことをしてしまったのだろう。

47- 訴え

学校から帰ると毎日、「帰りたい」「学校に行きたくない」と口にした。母「そのうち馴染めるから」「馴染もうと思わないといつまでも馴染めないよ」それでもさんざん訴えた。世界の急変に私の心が追い付かなかった。私も命がけだった。なんとか今いる世界を…

46- 楽器の音が聴けなくなる

小学校の時、吹奏楽クラブに所属していた。これも大切な思い出のひとつ。それぞれの奏でる音がひとつに合わさって、そこにある空気を揺らして爆発させて、その振動じかに伝わって鳥肌が立つーーあの感じが大好きだった。 だから、中学校に入っても、吹奏楽部…

45- 帰り道の裏切り

毎日、家が近いAとBと3人で一緒に帰っていた。Aは家が近く、親同士の交流もあった。Bは会話のペースが合い、何かと話が盛り上がることも多いと思っていた。ある日の帰り道、もうすぐ互いの家に着くという時だった。「あなたはそこでちょっと待ってて」Aが、…

44- 誰かわからない

他に話題を提供できないのかと思うくらい、人のうわさ話ばかりしている中学生女子。 「○組の△△がかっこいい」「□部の◇◇がかっこいい」 名前を聞いても、誰が誰だかわからない。ついていけない。「なんか情報ないの?」と言われるけど、同じクラスの人の名前…

43- 涙のいずみ

帰りたい。自分の部屋が出来たその日から、毎晩泣いた。ふとんに入ったあと、声を殺してひそひそ泣いた。どうしようもなく涙がこぼれた。 涙ってほんとうに枯れないんだ。

42- 兄弟と比べないでくれ

家に帰って、「学校に行きたくない」「帰りたい」と母に言う。「弟は新しい環境でも楽しくやってるでしょ?」そりゃ小学生だし男の子だし、環境がちがう。条件もちがう。私は中学生。弟は小学生。小学校では、転校生は一種のアイドルだ。物珍しさで注目して…