10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

2023-08-01から1ヶ月間の記事一覧

30- 引っ越し当日

朝、私たち家族が乗った車は、12年間過ごした街をあとにした。その後、その日にはもう一生戻れなかった。 住み慣れたマンション。引っ越しのためのすべての荷づくりと片づけを終わらせ、マンションのゴミ出し場近くに止められた車に乗り込む。この車のエンジ…

29- 小学生の、最初で最後のうそ

誰にも何も言わないという私の意思が尊重され、学校ではみんなへの通達はされなかった。しかし、となりのクラスで、卒業式の最後に、私が転校することが先生から伝えられたらしかった。卒業式のあと、最後の通学路で、となりのクラスの友だちに会う。「転校…

28- 小学校の卒業式

桜はきれいだった。 春の訪れを告げる心地よい風に、桜は揺られていた。 もちろん、最後だなんて思っていない。これからも普通に会えると思っている。「また明日」また明日が来ると思っている。 大人になって振り返ると、これがみんなに会う最後の日となった…

27- 学校の先生がトラウマに

そんな理由で、転校のことは隠し通した。周りの友人は、私が転校することを知らない。みんな、私は同じ中学に通うと思っている。私だって、そう信じていた。 しかし、学校の先生や習い事の先生には、3月にはこの街を去ることが、親から秘密裏に伝えてあった…

26- 沈黙

転校することを、私は誰にも言わなかった。 遊んでる時に言ったら、みんな悲しむんじゃないか、楽しく遊んでいたいのに、みんなの悲しい顔なんて見たくない。 いや、言えなかった。言ってしまったら、私が泣いてしまいそうで。 最後の最後の瞬間まで、信じて…

25- 夜空の向こうの星と涙

大好きな街の夜景。 遠くに見える、高層マンションの光、観覧車の光、夜もにぎわう都会の光。広い紺色のスクリーンに、ネオンのゆらめき。 家に帰れば、大好きな家族がいる。そんな家のベランダから見る、この景色が好きだった。 ベランダ側には視界を遮るよ…

24- 交換条件 

友だちが大好きな私は、友だちと離ればなれになることが嫌だった。とにかく、みんなと一緒にいたかった。 転校を受け入れられない私は、条件を提示した。 「引っ越さない。家族みんなが引っ越しても、私はここに残る」「養護施設に入れてくれ。そこからみん…

23- 行くはずだった制服採寸

桜の季節が近づいてきた頃、地元の中学校に上がる子たちに向けた制服採寸の案内の葉書が、各家庭に届く。 私はいつもの友だちたちと一緒に、制服採寸の会場に行くのだ。運動会で家族ぐるみでお弁当を一緒に食べたり、修学旅行の帰りにお母さんたちが一緒に迎…

22- 大好きな友だち

ここまで転校を嫌がったのは、新しい学校に行くことが不安だったわけではない。新しいところで、友だちができなかったらどうしようと心配だったわけではない。 ただ、 ただ、大好きな友だちと一緒にいたかった。 それだけだった。

21- 中学校に行ったら

小学校卒業と同時に転校、という話を聞いてはいたけれど、現実味は全くなく、何も変わらず、このままみんなと一緒に中学校に行くんだ、そう思い込んでいた。 学校の帰り道。「中学校に行ったら何部に入る?」「やっぱり吹奏楽を続けたいな」「これからも一緒…

20- 交錯ーそれでもー

両親は、何の説明もなく子どもを引っ越し先につれていこうとしたのではない。 なぜその街になったのかということも、父の仕事のことも、タイミングのことも、一つずつ丁寧に、私がわかるように説明してくれていた。私の言い分だってうんうんとちゃんと聞いて…

19- 交錯ー転校のタイミングー

両親は、私が中学や高校の途中で転校することにならないように、 中学入学と同時に心機一転、新しい学校に行くのがいいタイミングだと考えていた。私だけが新しい環境ではなく、まわりのみんなも新しい環境になる時に合わせて、できるだけほかの子と同じよう…

18- 交錯ー親の転勤ー

父の仕事の都合でいつ全国に転勤になってもおかしくなかった。 私と弟が中学・高校の学期途中で転校しなくていいように、 もし転勤の指令が出た時には、父が単身赴任できるように、 両親は私が小学校を卒業する区切りの良いタイミングで家を購入したかった。…

17- 交錯ー新しい街ー

家を買う場所は決まっていた。祖父母の住む街だ。両親は高齢になっていく祖父母を心配し、何かあった時にすぐに駆けつけられる場所を選んだ。 そこまではよかったんだ。それなら私も理解できただろう。 しかし、引っ越し先は祖父母の住む街ではなかった。離…

16- 転校の気配

新しい家に住める。自分の部屋ができる!家”だけ”が変わるのだと思っていた。 しかし両親の中では、”新しい家に住む=転居届を出す”だったのだ。

15- 両親の決断、家を買う

両親が家を買うことを決心した。 我が家は転勤族の家庭だった。 私が小学生だった時、小学校6年間は偶然、引っ越しをせずに過ごせていた。奇跡的に、 父がぎりぎり家から通勤できる範囲の、比較的近い場所への転勤だったからだ。しかし全国転勤の会社なので…

14- 小学校

とにもかくにも、楽しかった。学校に行きたくないと思った日は一度もなかった。授業も、休み時間も、給食の時間も、掃除の時間も、もうどの時間もどの瞬間も楽しかった。放課後は、家にランドセルを置いたらすぐそのまま遊びに出た。何をしても楽しかった。…

13- ふつうの家族

私は、ごく普通のどこにでもあるような家庭に育った。 いや正確には、きっと丁寧に育てられた方だ。小さい頃からたくさんの愛情を注がれ、大切にされて育った。母親が専業主婦だったため、学校から帰れば常に母が迎えてくれた。どこかに預けられたことはなく…

12- はじまり

「新しい家に住める!」 そう、喜んでいた。初めて、自分の部屋ができる。秘密基地みたいになるのかな?ワクワクしていた。 数ヶ月前までは。 その後10年、20年におよぶ、自分の生きる道、そして家族の人生をもぐちゃぐちゃにする、新章のはじまりだとは、思…

11- 当日

その日ー その日の朝、私たち家族が乗った車は、12年間過ごした街をあとにした。もう、その日には、一生戻れなかった。 住み慣れたマンション。引っ越しのためのすべての荷づくりと片づけを終わらせ、マンションのゴミ出し場近くに止められた車に乗り込む。…

10- 一冊のノート

きみは、今のこの仕事場を離れ、新しい職場へ行くことになった。ぼくたち何人かの同僚は、引っ越しの手伝いのためきみの家に行くことになった。きみの家の書斎には、段ボールがたくさん積まれている。机の上では、積み上げられていた本が崩れて階段のように…

9- もしも

都会の夜。街の灯りのイルミネーションがきらめき、仕事が終わり少し解放された人々を華やかに照らしていた。ポップなライトが目に映り、オシャレなジャズでも聞こえてきそうなお店が連なる道。ぼくはふときみに聞いてみた。なんてことない、仕事の帰り道。…

7- きみの視線の先は

ぼくはきみが人と仕事をする姿を2年弱くらい見てきているけれど、きみは誰とでも気持ちよく仕事をする。 いつも明るい表情と声をしていて、誰からも受け入れられ、好かれる。 そりゃそうだ。誰かを攻撃するような言葉を投げることはしないし、卑屈になるよう…

7- 写真を好まないきみ

遊びに行ったり、ランチをしたり、何かと「写真を撮ろうよ」となる機会は多い。きっと特に何ということもなく、自然な日常の一コマだろう。 きみは写真を撮ることを嫌がる。 その理由を、ぼくはまだ知らなかった。

6- 都会が好きなきみ

きみは、ずっと同じ場所、つまり同じコミュニティにこもっているのが好きではない。 2年おきに引っ越しているらしい。 いろんな世界に入るのが楽しいと。 きみの周りには、海外で生活している人や、ノマド生活を送る人や、そんな人たちがたくさんいる。 ぼく…

4- 外の世界に出ることを好むきみ

きみは、ずっと同じ場所、つまり同じコミュニティにこもっているのが好きではない。2年おきに引っ越しているらしい。いろんな世界に入るのが楽しいと。きみの周りには、海外で生活している人や、ノマド生活を送る人や、そんな人たちがたくさんいる。

7- きみに惹かれて

ぼくはきみが人と仕事をする姿を2年弱くらい見てきているけれど、きみは誰とでも気持ちよく仕事をする。いつも明るい表情と声をしていて、誰からも受け入れられ、好かれる。そりゃそうだ。誰かを攻撃するような言葉を投げることはしないし、卑屈になるような…