10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

大学生

107- 消えないで

遠ざかってゆく。消えないで。記憶が消えたら、私は消えてしまう。 そんな昔のことを大切に抱えているのは私だけで、みんな忘れていくんだ。私しか。本当にあったと言って。想像じゃないと言って。なくならないで。お願い。

106- ひとり

生まれてから小学校までは、そのままの自分だった。その自分しかいなかった。そのままの自分をまるまる受け入れてくれて、愛してくれたのが、幼少期にお世話になった人たち。その、まだ物心つかないような時期から私のことを知ってくれていた人たちが、もう…

105- この世界から愛する人が消える

連絡、くれてたのに。年賀状、くれてたのに。自分から、去った。失いたくなかった。 共有できない時間が増えていって、知らない間に、どんどん遠い人になって、離れていくのが怖かった。 心の底から愛する人が、この世界から消えることが怖かった。 愛する者…

104- 空白の時間

あのころから、時間が止まってしまっている。自分の中で。あの時の、音も空気も香りも色も、全部覚えていた。鮮明に。まるで、昨日起きたことのように。私には私の時間があって、みんなにはみんなの時間があって、みんなは、みんなの時間を生きている。もう…

103- 幼馴染が遠ざかっていく

そこには、昔からの幼馴染がいる。中学〜高校〜大学〜社会人と、どんどん共有できる時間が減り、お互いの知らない時間(とき)が増えていく。あれほど、あれほど近くにいた人たちなのに。あれほど、何をするにも、どこに行くにも一緒で、毎日もみくちゃにな…

102- 会いたくない

あれだけ近くにいた人が、共有する時間が少なくなって、知らない人になっていくのが怖い。そこがなくなってしまったら、私は生きていけない。 正確には、それまで温かいと、生きやすいと思っていた環境が、大切に思っていた人たちが、大好きと思っていた人た…

101- 私がいけない

私が馴染めなかったから。弟は馴染めたのに。父の職場で、同じように転勤でお子さんを転校させた同僚。そのお子さんは馴染めているのに。普通に生活しているのに。 私が馴染めなかったせいで、私がみんなができるようにできなかったせいで、家族を壊したんだ…

100- 大切な人の人生を壊した

中学入学と同時に新しい家になった時に、家具や家電も新調された。大人になって、新しい家のカーテンが、高級カーテンだったと知った。 大人になった今、知る。 家を決めるのを、大きな決断をするのも、家具やインテリアなど一つ一つ多くの選択肢の中から一…

99- 後悔2

あなたは、 死ぬほど後悔をしたことがありますか?

98- 悪夢にうなされて3

ある日私は夢を見た。小学校の校庭。広い校庭の真ん中、しゃがみこんで膝をついて、手から血が出るくらいにぎゅっと砂をにぎって、泣き叫んでいた。 「あーーーーーーーーーーー!!!!」 叫んで泣いていた。悔しいのか後悔なのか苦しみなのか。何とも言え…

97- 永遠に出られない

でも、私に見えている景色はもう存在はしないものなんだ。実際には時が流れていて、私が知っているみんなはもういない。 あの日から時間が止まってしまっていて、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せるけれど、私は子どもの時のままだけれど、みんなはも…

96- ふつうの夢にうなされて

中学・高校の6年間は、帰りたいと思わない日はなかったけれど、帰りたいと思わない瞬間はなかったけれど、大人になってからは、帰りたいと思ったり、もといた街での暮らしに思いを馳せたり、そのようなことはなくなっていた。日々急がしさに追われ、目の前の…

95- 時間が止まる

あの日から、時間が止まってしまっている。幼き日々の、音も空気も香りも色も表情も全部覚えていた。鮮明に。まるで、昨日起きたことのように。 学校の校庭も、太陽の光を反射する砂も、裏庭に咲き誇る桜も、みんなが集まるくつ箱も、明るい茶色の教室の床も…

94- 後悔

あの日に戻って、ありがとうとごめんねと大好きを言いたい。 何も言わずに出てきてしまったこと。伝えられなかった、本当の思い。 みんなが大好きだったから。悲しい空気にさせたくなかったから。信じたくなかったから。 友だちに、習い事の先生に、友だちの…

93- 普通じゃない

中高生で青春を過ごして。私にはその“普通”がない。 中学高校の6年間は地獄だった。一日たりとも楽しいと感じた日はなかった。 修学旅行に体育祭に部活に休み時間に、みんなが楽しそうにしていても、私も表面上は笑っていても、心の中では大泣きで、いや感情…

92- 写真がトラウマ

写真は苦手だ。笑わなきゃ、笑顔を見せなきゃ、という強迫観念に駆られる。人から楽しくないの?と思われないようにしないと。そう考えれば考えるほど顔の筋肉は固まり、いつも怖い顔をして映っている。いまだに写真は苦手だ。

91- 世界でたった一人

あの時に感じた、この世界で自分は一人なんだというはっきりとした感覚が、残っている。いまだに顔を出す。 ブラックホールのような悲しさとさみしさと切なさが入り混じった感情に吸い込まれる。 たとえいまが楽しくても。 それとは次元がちがって、言い表し…

90- 幼馴染がいないという孤独

これは転勤族の子どもなら、この感情を感じたことのある人は多いのではなかろうか。 私の場合、中学校入学を機に学校を変わっている。 中学入学というと、通常であれば、中学校に入学して新しい友だちができる。もしその新しい友だちとうまくいかなくても、…

89- 地元

ずっと同じ場所から出たことのない人とは付き合わなかった。地元最高みたいな話は苦手だ。 井の中の蛙だと。もっと世界は広いのに。いろんな価値観があって、いろんな生き方があって、おもしろい人がたくさんいて。外に出ないなんてもったいない。 ちがうん…

88- 人の温度を感じることがなくなる

幼稚園や小学校からの友だちは、心理的にもだけど物理的にも距離感が近い。おんぶしたり、もみくちゃになったり、乗っかったり、こちょこちょしたり。大人になってからの友人は、カフェでお茶したり、映画を一緒に観に行ったり、ウィンドウショッピングした…

87- 虚構

今の私は、虚構で塗り固められていてる。中はぐらぐら。なぜかって、みんなが経験しているはずの、土台がないもの。 大学の友人と話していて、中学・高校の部活の話になることがある。文化祭のクラスの出し物の楽しい思い出話になることがある。そのたび、息…

86- 透明なバリア

それでも、透明な何かにバリアされ、できないのだ。本心の私でいるということが。昔はできていたはずなのに。もう、もとの生まれた時のようにはなれないのか。透明なバリアを人に作ってしまうことを、申し訳なく思う。どれだけ仲良くなっても、どこかで何か…

85- いつでも気を遣ってるよね?

大学で友人に言われた一言だった。 週に3回くらいは晩ごはんをともにしたり、お互いの家で飲んだりする友人で、大学の友人の中では、いや、このような人生を送ってきた私にとって、小学校を卒業以来出会った人の中では、深い付き合いの人だった。 その日も家…

84- 大学生になっても

大学に入学して。13歳の子どもの時から、温かい地元ではなく大人の社会で生きてきた私にとって、自然な自分でいることはとても難しかった。どんなに仲良くなっても、どんなに相手がこちらに寄ってきてくれても、それでも、感じるままの自分を曝け出すことが…

83- 大好きな春だった

それまで、春がいちばん好きな季節だった。暖かくなって、新しい出会いにわくわくして。クラス替えのあと、短縮授業で家に帰ったら、お母さんがおいしいごはんを作って待っていてくれて。 だけど、あの日以来、トラウマの季節になった。 まったく知らない世…