10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

【5】転校の別れのさみしさが、17年後に時間差でやってくる

親の仕事の都合で、中学入学と同時に転校した。
私が転校先に馴染めなかったことが原因で両親の意見の食い違いにつながり、家族が壊れた。

 

さみしいとか、帰りたいとか、感じてしまったら、新しい世界で生きていけないから。
帰りたいと思うことで、家族を悲しませるから。
だったら、そんな感情、捨ててしまえ。
さみしいとか、大好きな人に会いたいという感情に、蓋をした。そんなもの、ないことにした。

新しい街で過ごした中高6年間、ぐちゃぐちゃな人間関係、裏切りあいの世界で、常に気を張って過ごした。
誰かと一緒にいるとトラブルになる。トラブルになるとそこにはいられなくなる。そうすると学校に行きづらくなる。学校に行かないと家族が悲しむ…

だったら、人と一緒にいない方がリスクが少ない。もう人といるのがしんどい。

前の記憶に足を取られないために、新しい場所でうまくやっていくために、
転校してから6年経過し、さみしいという感情を感じなくなっていた。

 

誰も傷つけないために、そして自分も傷つかないために、一人で生きていけるようにならなくては。
困ったことがあっても、自分で調べて解決できるように知識をつけ、サービスに頼れるように収入を得て、武装した。
周りに誰もいなくても、一人で生きていけるように。

 

それで大人になり数年間は、安定して生きていけていた。

もうあんな苦い思いをしたくなくて、一つの場所に思い入れを強くしたくなくて、大人になってからもあちこち転々として暮らした。
いろいろな人に出会って、いろいろな価値観に触れて、毎日楽しかった。

 

しかし、周囲の人との離別などをきっかけに、子どもの頃の転校の別れのさみしさが、17年後に、時間差でやってくる。

さみしいと言う感情は、人に会いたいという感情は、二度と開かないように蓋をしてたはずなのに、周囲の人との離別をきっかけに、"ある日をかわきりに大好きな人たちに二度と会えなくなる" トラウマが思い出されて、声をあげて泣いた。まるで子どもの頃に戻ったみたいに。
子どもの頃に泣けなかった分を、大人になった今、時間差で。

時間が戻ってほしい。
あれほど近くにいたのに。
もう二度と戻らない時間。

ある日をさかいに、もう一生会えないんだ。
それまでは、あれだけ近くにいたのに。
もう、一生、会えないんだ。

離れないで、いかないで。

あれから何年も経つのに、もう大丈夫だと思ってたのに、
傷は癒えてなんかなかったんだ。

なくらないで。

ほんとは、一人さみしかった。
抱きしめてほしかった。
そばにいてほしかった。
そばにいたかった。
お願い。
一緒にいて。

もう大丈夫って思ってたのに、ぜんぜん大丈夫じゃなかった。

さみしい
いやだ
別れたくない
離れたくない
やだ
いやだ
いやだ

帰りたい
みんなに会いたい
ぎゅってして
抱きしめて

いやだ

 

自分のことを深く知ってくれている人の中にいるそのあたたかさを本当は知っていることに、蓋をしていたのに、思い出してしまった。

ずっとほしくて、でもほしいと思ってしまうと、家族が不幸になってしまうから、その感情に蓋をして。

こんなに苦しい。

やっぱり、みんなに会いたい。
もう一度だけ。
あの日に戻って。

いまだに、喪失感のトラウマで苦しんでいるの。
もう17年も経つのに。

みんなと別れたあの日から、景色が、いや世界が、変わってしまった。
そうこの感覚、ある日をかわきりに、世界が変わってしまうこの感覚、昔感じたことのある、この感覚。

触れてしまった。
蓋をし続けていたあの感情に。

無条件に、受け入れてもらえる場所が、ほしかった。

誰かと一緒にいたい。
そばにいたい。
これまでの17年はなんだったんだろう。
人が恋しい。
本当はそういう人間なのに、そう感じないようにして。
これだけつらい思いをしてきて。
なんだったんだろう。

誰も、誰も愛せなかった。
誰も、救いの手を差し伸べてはくれなかった。
誰かに、助けてほしかった。

仕方ないじゃん。
一人で生きていくしか、なかったんだもん。

人なんて信じられなくなった。
近づかない。
不用意に自分を見せない。
人から遠ざかって。

だから離れていく。
そうしてまた一人になる。ずっと一人。
あの日から。

さみしいという感覚を思い出した頃には、もう遅い。
人と繋がっていたい。温かさに触れたい。
でも、一人で生きた時間が長すぎて、どうしていいのかわからない。
転校したあの日から、深い関係性になるのをずっと避けてきたから、周りにそんな人がいない。
さみしい。ずっとさみしかった。孤独だった。
人と一緒にいたい。


これまでの17年間はいったい何だったんだろう。
一人で苦しんで生きてくるのに、どうして17年もの時間を捧げてしまったんだろう。