10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

【6】大好きな街を離れたあの日から、探しもの

 

親の転勤で転校をした。
大好きな友だちと別れ、12年間家族で過ごした大好きな街を後にしたあの日からー

 

何かを、永遠に手につかめない何かを、ずっと探してるんだ。
求めてもいない。
ただずっと、探してるんだ。

ずっと探してる。
いつだって。

夕方に香る火の燃えるバーベキューの匂い
イルミネーションがたくさんの夜景
住宅街の昼下がりの香り
晴れた日、青空の下、大きな音楽が鳴り響いてるイベント
クリスマスの装飾
桜香る暖かい空気
ショッピングモールのごはん屋さん
軽やかなヨーロッパの音楽
雨の日に聞こえてくる音
夜露に湿った草の匂い

探してるんだ。
そのかけらを。

ずっと、ずっと、
見つかるはずのない何かを探してる。

 

 

もしも、もしもいま、願いがたった一つだけ叶うのなら、
あの頃にひとときだけ時間を戻してほしい。

何かのまちがいが起こって、時空が歪んで、
一瞬だけ、時間が戻ってほしい。

 

1日だけでいい。1時間でもいい。
たったひとときでいい。
そのあとに起こることなんて何も知らず、
ただ大切な人たちに囲まれて、ただ愛して、愛されて、あのあたたかい空気の中で、
もう一度だけ、もう一度だけ、息を吸いたい。

1日でいい、一瞬でもいい。
あの温もりを、
お父さんも、お母さんも、私も、弟も、何も知らずにただ幸せだったあの頃を、
あの温もりの中にもう一度だけ。