10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

30- 引っ越し当日


朝、私たち家族が乗った車は、12年間過ごした街をあとにした。
その後、その日にはもう一生戻れなかった。


住み慣れたマンション。
引っ越しのためのすべての荷づくりと片づけを終わらせ、マンションのゴミ出し場近くに止められた車に乗り込む。
この車のエンジンがかかれば、
生まれ育ったこの世界にはもう、二度と来ることはできない。

その瞬間、ゴミ出しに来た幼なじみのお母さんにばったり出会った。
「行くのね…」

幼稚園の時からの幼なじみで、ずっと同じマンションに住んでいた。
幼稚園からの帰り道も、ずっと一緒。
小学校に入ってからも、よく互いの家を行き来し遊んだ。ずっと一緒だった。

その子のお母さんは、知っていた。
私が引っ越して遠い街に行ってしまうということを。
でも、その子には、私は何も伝えなかった。
その子はこれからも変わらず、私と遊べるものだと思っている。
その子のお母さんも、私からその子に伝えるまで、ずっと待ってくれていた。
でも結局、私は何も伝えなかった。
伝えられなかった。

「(誰にも何も言わずに)行くのね…」
あの何とも言えない、会えなくなることも、結局私から本当のことを伝えなかったことも、さみしいけれど、最後まで本当のことを伝えなかった私の決断をしっかりと受け入れてくれるような、幼なじみのお母さんの表情を、今でも鮮明に覚えている。