10年ごしの時間旅行(小説)

子どものころ両親の仕事の都合で転校を経験した少女の物語。「カテゴリー:プロローグ」からお読みください。

140- 本当は人が好きなの




本当はしたかったこと、いっぱいあった。

親の還暦だって、友だち家族とにぎやかにお祝いしたかった。
結婚式だって、幼なじみみんな呼びたいし呼ばれたい。

本当は、本当は…

近所の友だちの家に入り浸って、
プライバシーもなんもなく、全部筒抜けで
かっこいいところもかっこ悪いところも。
でもそれでよかった。それでよかったの。


怖いの。
自分はもう絶対そこには入れないの。
あの疎外感を感じるのが怖いの。
この世界に一人だけだって、もう思いたくないの。
もう同じ思いをするのは、二度とやなの。


139- 絶対に手に入れられないもの



ある程度大きくなるまでずっと同じ場所に住んでいる人。
幼馴染。
家族ぐるみで付き合う人。
小さい時から知ってくれている近所の人。

そのまままの自分を受け入れて、自分の長年の変化を知ってくれていて、
とにかく、安心していられる場所、人たち。

私がどれだけ欲しくたって、絶対に持つことのできないものだ。


最初から、知らなければよかったんだ。
そのあたたかさを。
でも、知ってしまっているんだ。
それがあることが、どれだけあたたかいかを。どれだけ心に温もりを灯してくれるのかを。どれだけ生きるエネルギーになるのかを。

あの、安心感を与えてくれる場所。
そういう場所が欲しい。
それがあることが、どれだけ強いのか。
私はよく知っている。




138- さみしいという感覚を取り戻した時に


さみしいという感覚を思い出した頃には、もう遅い。
人と繋がっていたい。
温かさに触れたい。
でも、一人で生きた時間が長すぎて、どうしていいのかわからない。
人肌が恋しい。
キューっとなる。
でも、これまでそんなに深い関係性になるのをずっと避けてきたから、周りにそんな人がいない。
さみしい。
ずっとさみしかった。孤独だった。
人と一緒にいたい。
これまでの16年間はいったい何だったんだろう。
なんで16年もの間、一人で苦しんで生きてくるのに、16年もの時間を捧げてしまったんだろう。


137- 時間差


大人になって、いろいろな出来事を経験して、
ある出来事をきっかけに、不意に二度と開かないように蓋をしてたはずなのに、
"ある日をかわきりに大好きな人たちに二度と会えなくなってしまった"トラウマを
思い出してしまって、声をあげて泣いた。まるで子どもの頃に戻ったみたいに。
子どもの頃に泣けなかった分を、時間差で、今。

時間が戻ってほしい。
あれほど近くにいたのに。
もう二度と戻らない時間。

ある日をさかいに、もう一生会えないんだ。
それまでは、あれだけ近くにいたのに。
もう、一生、会えないんだ。

離れないで、いかないで。

あれから何年も経つのに、もう大丈夫だと思ってたのに、
傷は癒えてなんかなかったんだ。

なくらないで。

このスコンと抜ける感じが、ダメだった。

苦しい。助けて。

ほんとは、一人さみしかった。
抱きしめてほしかった。
そばにいてほしかった。
そばにいたかった。
お願い。
一緒にいて。

もう大丈夫って思ってたのに、ぜんぜん大丈夫じゃなかった。

さみしい
いやだ
別れたくない
離れたくない
やだ
いやだ
いやだ

帰りたい
みんなに会いたい
ぎゅってして
抱きしめて

いやだ



新しい世界に、自分を知らない人たちのところで、居場所を獲得していくことに、味をしめて。
自分のことを深く知ってくれている人の中にいるそのあたたかさを本当は知っていることに、蓋をしていたのに、思い出しちゃった。

ずっとほしくて、
でもほしいと思ってしまうと、
家族が不幸になってしまうから、
その感情に蓋をして。

だからこんなに苦しい。

やっぱり、みんなに会いたい。
もう一度だけ。
あの日に戻って。

いまだに、喪失感のトラウマで苦しんでいるの。
もう16年も経つのに。

みんなと別れたあの日から、景色が、いや世界が、変わってしまった。
そうこの感覚、ある日をかわきりに、世界が変わってしまうこの感覚、
昔感じたことのある、この感覚。

触れてしまった。
蓋をし続けていたあの感情に。

無条件に、受け入れてもらえる場所が、ほしかった。

誰かと一緒にいたい。
そばにいたい。
これまでの16年はなんだったんだろう。
人が恋しい。
本当はそういう人間なのに、
そう感じないようにして。
これだけつらい思いをしてきて。
なんだったんだろう。

誰も、誰も愛せなかった。
誰も、救いの手を差し伸べてはくれなかった。
誰かに、助けてほしかった。

仕方ないじゃん。
一人で生きていくしか、なかったんだもん。

人なんて信じられなくなった。
近づかない。
不用意に自分を見せない。
人から遠ざかって。

だから離れていく。
そうしてまた一人になる。ずっと一人。
あの日から。


136- 私だって


そういう場所がほしかった。
全部言葉にしなくても、説明しなくても、自分のことを理解してくれている人がいる。
何も言わないけど、あたたかい眼差しを投げかけてくれている人がいる。
そんな環境がほしかった。

新しい場所に行くたび、
何も言わなくても、多少不器用でも、わかってくれているなんて、そんな甘えは通用しないから、ずっと気を張って生きてきた。

でも、周りの多くの人々は、そうじゃないんだね。
守ってくれる場所があって。
何も言わなくても不器用なところを当たり前のように理解してくれる人がいて。
そんなハードに生きてない。

誰かに吐きたい、この苦しみを。
私だって、あたたかい中に生きたいんだ。
そのぬくもりも心地よさも強さも、誰よりも知っている。
同時に、それを失うことの怖さも。




135- 言わないと伝わらない


言わなくてもわかってくれる、察してくれる、が、まったく通用しない世界を生きてきた。

自分の状態を、状況を、相手から見えていない部分を、全部言語化して、伝える必要があった。


134- 深く入っていけない


深く、入っていくのがしんどい。
入られるのもしんどい。
こうやって、深入りする前に、場所を変えてら転々と、ふらふらと一人で生きて行くんだろうな。

新しい環境にいくと、馴染まなきゃって、気を張って、疲れるけど、
その負荷を自分にかけることが、デフォルトになってしまっていて。
抜け出したいのに、抜け出せない。
深く入るのが、とてつもなくしんどい。

でも、さみしい。孤独が消えない。
本当は深く入りたい。
愛に囲まれたい。
でも、入れない。
どうしたらいいの。